婚約破棄保険

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こともあろうか
婚約破棄をした私に対して
周りが腫れものに触るような扱いをしてくれることに
私は少し味をしめていた。

婚約破棄をしちゃったかわいそうな子だから
多少ズレたことをしていたとしても少しそっとしておいてあげよう。
と、周りが優しいのだ。

私はこれを勝手に婚約破棄保険と呼んでいる。

だから私は傷心を装って
好きなことややりたいことを思い切りした。

短期のアルバイトをしたりしてお金を作っては
旅行にもたくさん行った。
インドを1ヶ月旅行している時、ふと思った。

ちょうど旅行中に自然消滅してしまった彼?みたいな人がいた。
好きな人や彼氏がいると
いつも会いたい!とか
このキレイな景色をその人と一緒に観たいとか考えてしまうけど
好きな人がいないということは
なんと自由で身軽で
心からその場を楽しめるのだろう!!!

男は確かにさみしさを埋めてくれるかもしれないが
時に足かせになる。

遠距離恋愛期間含め近くに彼がいない期間が長くなっていた私は
淋しさはあれど
それを紛らわす術を身につけてしまった。

その頃からだろうか。
だんだんと男いらずになっていった。
頼る相手がいないんだから1人でなんでもできた方がコントロールができて楽なのだ。

1人ごはん
1人映画観
1人らーめん
電球の交換
重たいもの、大きいものを運ぶ
日曜大工

1人ってなんて自由で小回りが利くんだろう!!!

そんな中、保険が切れた。

まず親が
「結婚しなさい。」
「就職しなさい。」
と始まった。

でも、私はもう就職ができなかった。
がんばれなくなっていた。
20代の頃のように体力も続かなかった。

自営業を営む家族の元で育った私は
自営業の、責任の大きさや不安定さをなんとなく知りつつも
時間やお金の使い方に融通が利く部分に惹かれていた。

自営業を営みたい。
でも私には売るものがなかった。

結婚も就職もままならない私は徐々に家族のお荷物となった。

思い通りに行かない娘に親もジレンマを抱え
両親と私の間には確執ができ始めた。

どうにかしたかったけど私にもどうにもならなかった。

格闘は続いた。

そんな中、私は祖母の住む大阪に移り住むことにした。

金なし、仕事なし、男なし。
捨てるものが何もないというのはなんと自由なことか。

祖母は快く私を受け入れてくれた。
むしろ喜んでいた。
東京のキレイで大きな家に住むきっちりした真面目な性格の両親に、 弟2人のお姉さんとして育てられた私には
大阪の下町で昼間からテレビを見てこたつで昼寝をする祖母といとこの生活に驚きつつも、

肩肘を貼らなくていい
等身大の自分を受け入れてもらえる安心感があった。

とても居心地がよかった。
でも、居候の身としてはすぐに働かざるをえなかった。
家事も自分のことは自分で。

アルバイトとして始めたオーガニックカフェは
時給は安いのにそれはそれはキツイ仕事で
大阪人はづけづけ物事を言ってくるし
店長は言葉は悪いし
なかなか最悪の職場環境だった。

でも、実家で母親に
「家事もできなければ仕事も結婚もできない子!」
と言われていたことを思えば
なんだ、お金も家事も仕事もできるじゃん、と心はスッと軽かった。

あんなに恩着せがましくされていた母親の言葉がない。
レッテルも貼られない。

東京育ちの私には
街中で怒鳴られたりする大阪の文化は合わないけど
ありのままの私を受け入れてくれる祖母の家でぬくぬくと伸び伸びできた。

東京で、
お給料も肩書きもハイスペックな家族やご近所さん、友達に囲まれて仕事コンプレックスと劣等感にまみれているより
大阪の下町の方がその時の私には心地よかった。


続く



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